青野原
諏訪神社
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| 諏訪神社 | 社号柱 |
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| 狛犬 | 狛犬 |
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| 石碑 | 石碑 |
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| 石碑 | 鳥居 |
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| 手水舎 | 祠 |
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| 社殿 | 幣殿・覆殿 |
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| 祠 | 祠 |
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| 倉庫 | 境内 |
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| 児童公園 | 長野会館 |
囃子
神輿
現在の神輿は昭和40年(1965年)頃に作られた。最初の神輿は本殿と同じく愛川町の半原大工の矢内氏第十四代高光によって明治15年(1882年)に製作されたが、図面によると明治27年(1894年)という。この神輿は3回ほど修理が施されている。古い神輿は燃やすか川に流し、下流で拾ったところで使うともいう。現在の神輿の重さは600kgあり、最初は800kgだったが木が乾いてきたという。重い神輿として著名で各地から担ぎに来るが、重いためになかなか揉むことができない。また、暴れ神輿であり、担ぎ棒は釘で止めず縄でしっかり結びつける。神輿を持ち上げてそのまま地面に落とし、家の塀や道に置いてある車などは壊されたというが、神輿を落として何人か骨折することもあり、昭和50年(1975年)頃からは落とすことはなくなった。担ぎ棒などに座っても構わない。
大人用のほかに子供神輿と樽神輿があり、八坂神社とは反対に子供神輿より樽神輿の方が大きい。平成28年(2016年)は子供が少なく、樽神輿は使用しなかった。
例大祭
八坂神社の翌日に諏訪神社の祭りが行われる。東野(ひがしの)・東開戸(ひがしがいと)・宮下(みやした)・上村(うえむら)の四自治会の長野戸主会の主催で、各自治会から戸主会の役員が出て、20数名の役員がいる。また、戸主会の下部組織ではないが若者たちの青友会があり、祭りに協力する。隣の西野々(にしのの)にも神輿が行き、そのため西野々からも人が出ている。一時期、祭りをそれぞれの地区でやるということになったが、小さい地区ということもあり、数年もたたずまたつながりができた。祭りにはよく雨が降り、昼間晴れていても夜には降るという。前日に花作りなどの準備を行うが山車はない。
15時に神事を行い、戸主会長と実行委員長の挨拶のあと、やはり半鐘を叩いて神輿が出発する。一番最後には神社で祭典委員長が神輿に乗る。ここでも神輿を地面に直接置く。神輿は旧道を青野原小・中学校まで行って一度神社に戻り、西野々まで行ってまた戻る。神社を子供神輿から出発して、境内の周りを反時計回りに三度回り、一度神社の前に置いて青野原小・中学校に向かう。その後、大人神輿が同様に三度回る。小・中学校までは道のりが長いものの一気に行き、帰りがけに道路沿いの商店や農協、駐在など何か所か寄って接待される。小・中学校では60歳(20歳も呼びかけたがいなかったという)になった者の披露があり、三名が並んで三本締めを行ったほかに、小・中学校と個人の家二軒に対しても三本締めをした。接待してくれる所でもやはり出発の際には三本締めを行う。
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