太鼓たいこ

太鼓の歴史

  日本の太鼓のルーツを遡ると、群馬県の古墳から出土した6世紀の人型埴輪がある。左脇に太鼓を抱え右手のバチで打つ。皮を囲むようにひもが見え、ひもで皮を張るひも締め太鼓で、鋲で留めた太鼓ではない。
  ひも締めは世界のあちらこちらにある最も古いタイプで、敦煌の壁画にもある。一方、鋲留め太鼓は中国、朝鮮半島、日本など東アジアにしかなく、そのルーツはまだ謎が多いという。
  「太鼓」は「大鼓」・「大皷」・「太皷」などとも書き、「皷」の字は鼓の俗字である。本来は大鼓という字を使っていたが、能楽の大鼓(おおづつみ)と区別するために「太」の字が使われるようになったといわれている。



締太鼓・附締太鼓

  「締太鼓(しめだいこ)」は「枠型両面、枠付き締めタイコ」・「〆太鼓」とも書き、狭義には「能楽囃子」で使われている太鼓のことで「猿楽太鼓」ともいい、「歌舞伎囃子」・「民俗芸能」でも使われる。広義には一般名称・分類名称としても使われ、その場合は紐で皮を締めたタイコが全て入る。
  「附締太鼓(つけしめだいこ)」は上述した締太鼓の一種で、革が厚く胴を一回り深くしたもので高い音が出る。伊勢原地方で使われる締太鼓はこの附締太鼓で、「小太鼓」・「ツケ(締め付けるに由来)」・「シラベ」・「コドウ」と言うところもあり、鼓面の直径は尺二(一尺二寸)で高さは八寸を定型とする。周囲の締穴は十個で「麻緒」や「紅麻緒(べに色の麻緒)」を通して締めるのが正式であるが、現在は鉄のリングとボルトで締めるものが多い。
  麻緒を使用する締め方を「ロープ(ロップ)締め」と言うが、ロープ締めは手の込んだ作業で時間が掛かり、何と言っても経験を要する為に伝承が難しい。ロープ締めの工程は下締めと上締めに分けられる。

本麻紐によるロープ化繊紐によるロープ締め(豊田)

  一方、リングとボルトを使った締め方は「ボルト締め」と呼ばれ、大正時代の中頃に東京西郊の農村地区で初見されたという説と、埼玉・千葉あたりで製作・使用されたのが最初という説がある。ボルト締めは、ロープ締めの緒の緩むことを改良したもので、長時間に渡り打ち続けても音色が変わり難いのが長所である。また、スパナがあれば1人で締められるため、ロープ締めに比べ人手は掛からず太鼓の管理が容易になる。しかし、金属のリングとボルトを使用するため太鼓の重量が増え、また叩いたときに金属音を発するためロープ締めの様な軟らかい音が減殺されるのが欠点である。
  締太鼓に使用する革は「附革」と呼ばれ、一丁掛(並附)から五丁掛けまであり、数字が増える毎に革の厚みが増えまた値段も上がる。伊勢原地方では三丁掛と四丁掛が使われる。三丁掛の方が革を張るのが容易で高音が出るため多くの地区で使われるが、競太鼓では音が抜けにくいため四丁掛を好んで使う地域もある。以下はボルト締めの手順である。

革にロウを塗る胴にロウを塗る
リングとボルトで革を固定ボルトに潤滑剤を付ける
スパナでボルトを締める完成

  革を限界まで張る地域では、良い音色が出る革の寿命は2年程度であり、革が痛む(破れる)ために買い換える頻度が高い。従って、革の寿命を延ばす為に破れそうな縫い目(糸目)付近に補強縫いをしたり、修復が困難な場合は釘を使って革を胴に直接固定する地域も稀にある。しかし、胴が傷つくため大祭当日など張替えが困難な場合を除きこの方法は好まれない。平塚地方では新品の革の状態から縫い目全体にボンドを塗り、目が広がらないように補強する地区もある。

広がった目破れた革
補強縫い(直縫い)ボンドによる補強

  一般的な革の縫い目は2本だが、伊勢原近辺では革の内側から「大目(おおめ)」・「中目(なかめ)」・「外目(そとめ)(または小目(こめ)」の3本あるのが特徴である。昔の革には中目が見られないため、中目は大目・外目に掛かる負担を減らし、革が破れ難くするために追加されたのだろう。また、撥は革の縁(端)付近に当り、太鼓を固定したままでは革の伸びや痛みが一箇所に集中するため、定期的に太鼓を回転させて均一に革を伸ばすようにする。さらに、こうすることで革の寿命も延びる。

昔の縫い目(中目無し)現在の縫い目(中目有り)

大太鼓

  「大太鼓は大型のタイコの意味で、実際は「大型の筒型両面、ビヤ樽型、鋲留めタイコ」を指すことが多いが、大きさは決まっていない。また、「長胴太鼓」・「宮太鼓」・「櫓太鼓」・「祭り太鼓」ともいい、歌舞伎囃子や宗教儀礼、民俗芸能の神楽・盆踊りなどで使われる。
  伊勢原地方で使う大太鼓は「長胴太鼓」で、「大胴(おおどう)」・「鼕(どら)」・「ウマ」・「大拍子」ともいい、鼓面の直径は尺一(一尺一寸)から尺二(一尺二寸)のものが多く、高さ(長さ)は50cm前後である。革は大拍子のようにロープで固定するタイプやボルトで固定するタイプも稀にあるが、鋲打ちを本格とするため「鋲打ち太鼓」とも称される。大拍子を用いるのは里神楽で、祭囃子は鋲打ちの大太鼓が本格であると考えられる。大太鼓は横にして打つ場合もあるが、立って打つ竪打ちが本格である。
  胴の用材は「欅(けやき)」で、山から伐りだした大木を3、4年自然乾燥した後にくり抜いて牛皮を張る。大太鼓に革を張るには人が太鼓の上に乗り、革を足で踏んで伸ばし、伸びた革をロープで引張る。この足とロープでの革張りを繰返して希望の音色に近づけていくが、革張りの途中で革が切れることもあるので注意が必要である。以下は革張りの手順である(「清水屋太鼓店」にて)。

2008.8.312008.8.31
革にロープを掛ける塩ビのパイプでロープを捩じる
2008.8.312008.8.31
革と胴の間には傷防止の板革を軽く湿らす
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太鼓の上に乗り・・・革を踏んで伸ばす
2007.3.312007.3.31
"ヤ"を打ち込む耳を叩く
2008.8.312008.11.16
鋲を打ち込み・・・革を胴に固定
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塩ビのパイプを外すロープを外す
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罫書き線を入れ・・・耳を切り取る
2008.8.312008.8.31
塗料を塗って・・・完成


  太鼓を叩くばちの材料は、各地区によって様々である。杉などの軽い撥は手や太鼓に与えるダメージが小さいが、折れやすいので数を多く用意する必要がある。反対に樫などの硬く粘りのある撥は折れにくいが、手や太鼓に与えるダメージが大きい。この他にも、音色などで撥を選ぶ地区もある。

撥の種類
木材比重備考
かし0.94非常に硬く、また滑りにくいため手の皮が剥け易い。
けやき0.68
みずき0.5
ほう0.49
ひのき0.41
もみじ粘りがあり、折れにくい。
すぎ折れやすいが、太鼓の革や胴に与えるダメージが小さい。


奏法

  伊勢原地方における太鼓の叩き方の大きな特徴は、一般的な太鼓のように革の中心を叩くのではなく、撥を太鼓の革に対して平行に当てる打法が挙げられる。この打法は競太鼓で出来るだけ大きな音を生み出す過程で生じたと推測される。そのため江戸の祭囃子で見られるように、革の中心に漆を施し革の消耗を抑え、音の響きも同時に抑えることは行われない。反対に、年数が経つにつれ革が硬化し響きが悪くなるために、数年で革を交換するのが普通である。金銭的に余裕のある地区では締太鼓の革を毎年新調し、大太鼓の革も1年おきに張り替えるところもある。
  締太鼓・大太鼓ともに革が硬く、撥を強く握ると振動で手を負傷するため、撥を軽く握る方が良いとされる。撥を軽く握ることで撥が太鼓の面から瞬時に離れるため、革の振動を殺さず良い音が出ると言う利点もある。また、競太鼓で他の地区よりも音を大きく出すためにテンポを遅くし、一音一音を最大の力で叩くために余分な音を省いた「ばち」と言う奏法がある。反対に、単体で叩く際に曲に抑揚をつけるための「小撥こばち」を入れた奏法もある。
  練習には実際の太鼓を使うのが一番だが、地区によっては太鼓の数が限られているため、順番待ちのときに「竹」や「タイヤ」、「電話帳」などを用いて練習を行う場合もある。



譜面

  太鼓の譜面に決まった形式はなく地区により様々な譜面が存在するが、口伝で太鼓を継承する地区が多いため譜面が存在しないことも多い。譜面の表記の仕方は一音を「テン」などと文字を使って唄い方を表現したり、「●、○」の様に丸を描き音の数を表す方法が多い。もちろん両方を併記する地域も多く見られる。しかしながら西洋の譜面の様に正確なリズムを表現している譜面はほとんどなく、譜面だけで正確に叩く事は難しい。また、奏者が音楽的な知識を持っていることが少ないため、時代の経過とともに曲調が変化していく事は珍しくない。

文字のみの譜面黒丸、白丸を使った譜面


太鼓を叩こう

  ここでは、祭囃子の代表曲である「屋台」の太鼓を練習できます。譜面を参考に流れるメロディーと一緒に練習してみましょう。

屋台
譜面
参考文献
タイトル著者/編集出版/発行出版年
音楽の科学 -音楽の物理学、精神物理学入門-高野光司 安藤四一株式会社音楽之友社1981(昭56)
和太鼓が楽しくなる本 [科学編] 太鼓の科学垣田有紀財団法人浅野太鼓文化研究所2001(平13)
日本の太皷、アジアの太皷山本宏子青弓社2002(平14)