入谷
護王姫社
安産の神として信仰されている護王姫を祀った祠堂で、入谷一丁目に鎮座する。祭神は護王姫大明神で、地元では俗に「護王姫様(ごうひめさま/ごうのひめ)」と呼ばれて親しまれている。『新編相模国風土記稿』には「子安護正明神社、座間宿村円教寺持」、『皇国地誌』には「午王社、雑社。(中略)字丸山下ニアリ」と記されている。当社は県道入谷バイパスの町田へ向かう坂道にあり、西方一帯を「牛王西(ごおうにし)」、大明神の前方を「午前前(ごおうまえ)」という。
当社の由緒・縁起についてはいろいろなものがあり、たとえば『座間古説』では、護王姫社に祀られたのは源義朝の御台所の常磐と平清盛との間に生まれたという護王姫で、その墓所跡に堂が建てられたということになるが、護王姫がなぜ安産の神とされるに至ったかという理由については特に述べられていない。また、堂の管理は貞享年間(1684〜88年)に星谷寺から円教寺に移されたとあるが、今日に至るまでそのことに変わりはない。法華の寺である円教寺では宗祖日蓮の巡賜伝説と深く結びつけられた護王姫社の由来を伝えており、天保2年(1831年)の「座間宿村・座間入谷村地誌調書」にも「安産守護子安護王大明神、右当寺より辰巳ニ当り七丁程行小社有之、弘安壬午稔九月十七日日蓮大菩薩之御勧請」と記されている。
更に『円教寺略縁起』によれば護王姫とは源義経の側室で、難産によりこの地で果てたが、その霊は円教寺開基日範の夢枕にあらわれ、日蓮の供養を受けて弘安5年(1282年)、この地に祀られたということになり、『皇国地誌』に載せられた縁起伝承もこれとほぼ同じ内容となっている。この他にも、例えば海老名市に伝えられた足利持氏の家来一色伊予守六郎が海老名の今泉館から敗走する際に、その妻であった護王の姫が後を追い、座間の入谷で難産のために死んだので、里人の手で祠に祀られたとされている。
護王姫の亡骸は村人により手厚く葬られ、墓標がわわりに植えられたケヤキの木が今日、境内にある大ケヤキとなったといわれている。また、護王姫の遺言にもとづき、姫の霊は安産の神としてあがめられるようになり、近在の夫人たちが産詣に訪れるようになった。護王姫社では毎年10月17日の縁日に安産の護符や小絵馬を頒布し、参拝者はそれを受けていくが、護符には「南無妙法蓮華経護王大明神守攸、安楽産福子、魁宿植徳本、相州座間円教寺」と刷られていて、現在では大門の星野浜次家からこの札を配っている。また、小絵馬は堂の扉に架けられたものを一枚借り受けて産室に祀り、無事出産後に二枚に増やして納め、札詣りする習わしとなっている。
| 護王姫大明神 | 社殿 |
| 社号標(護王姫大明神) | 大欅(市指定重要文化財) |