曲紹介きょくしょうかい

祭囃子の曲目

  曲目の名称は関東各地の俚称もあって複雑であるが、神奈川県下の名称は「横浜」・「川崎」が東京同様、「旧武蔵国」に所属していた関係上一致するものが多い。千葉県北部も同断である。その曲目は20数曲記録されているが、本県の場合その内の10数曲が主用されている。いずれも組曲のかたちで数曲連奏される。
  祭囃子には平常演奏曲である「並の手」と、秘曲である「奥の手」がある。奥の手は並の手の曲調を崩したものや、間の難しい替え曲とされている。祭囃子と言えば並みの手9曲に奥の手2,3曲を常用するが、伊勢原地方では「奥の手」を聞く事はない。

区分曲目
並の手屋台・鎌倉・昇殿・宮昇殿・国固・仕丁舞・印場・神田丸など
奥の手麒麟きりん・宮鎌倉・かっこ・亀井戸・金獅子・間波聖殿など

  これらの名称の出自・由来について定説はないが、里神楽の前身ともいうべき「太太神楽」・「湯花神楽」の伴奏曲の中にそれらの曲名の一部があることから、その源流を推定し得るであろう。太太神楽とは伊勢外宮の御師が演じる神楽であってこれが中世において各国に流伝し、今も三河の花祭(花神楽)や本県鎌倉周辺の湯花神楽となり、更に遠く奥州の「法印神楽」ともなっている。その流系が江戸に入り「太太神楽」・「普通神楽」・「巫女神楽」などの名称で、七座または九座などさまざまに組み合わされて演じた。特に東京神田明神の太太神楽は有名で現在も行われている。その七座の神楽の伴奏曲が「鎌倉」・「聖天」・「本間」・「乱拍子」などと称するもので、その淵源は中世までさぐり得るため祭囃子の基本的な曲名の由来は江戸以前の太太神楽・巫女神楽に発するという説もある。
  以上のように述べてきたが、曲目の名称が同じであってもリズムやテンポは地域によって大きく異なるため、祭囃子の歴史を遡る事は大変難しく伊勢原地方の太鼓がどのように伝わってきたかは定かではない。

伊勢原地方の特徴

  伊勢原地方では残念ながら伝承されていない曲が多く、「屋台やたい」のみを叩く地区がほとんどで、次に「宮昇殿みやしょうでん」が聞かれる。その他には「任場にんば」の中で単調な一部のフレーズが叩かれる程度で、これら以外の曲はほとんど聞く事は無い。これは伊勢原地方の祭囃子が「競太鼓せりだいこ」を主とし、笛や踊りが廃れてしまったことが大きな要因だと考えられる。また、伊勢原以外の地方では笛がなくても太鼓のみで「色物いろもの」や「役太鼓やくだいこ」として複数の曲をメドレー風に編曲して伝承しているが、やはり笛がない為にテンポやリズムは原曲と異なることが多い。



曲紹介

  各地区によって伝承されている曲目は異なり、同じ曲名でもテンポやリズムは異なることが多い。以下に紹介する曲は、伊勢原市の笠窪で演奏されている。基本的には笛の合図で全ての曲がリードされる形式になっている。

1.屋台やたい(基本) 7.国固めくにがため(国堅目)
山車を平地で曳行する時の囃子で、屋台の行進に使われるために「屋台」と称すると推測される。また屋台は別名「ハヤ」ともいい、これは「ハヤシ」の後略と考えられる。この他にも間の早い曲であることから「早間はやま」の意とする説や、最初の「出端では」・「がり」などの「」を意味するとも言われる。屋台は神輿が村内を巡行する際の神霊の送迎曲や神霊を勇める曲という説もある。「締太鼓」の「ぶっこみ」から始まり最も威勢が良く祭囃子を代表するする曲である。 鎌倉と仕丁舞を繋ぐ曲であり、地域によっては鎌倉の一部として含まれる場合もある。伊勢代神楽の同名の曲を取り入れた可能性もある。神枕で寝入った獅子舞が国固めで目覚め仕丁舞で暴れだす。
2.宮昇殿みやしょうでん(宮聖殿) 8.四丁目しちょうめ(仕丁舞)
村内巡行の神輿が神社に近づいた事を知らせると同時に、巡行の労を犒い神霊を勇める曲と言われる。そのため山車が坂などに差し掛かった時に使われるが、宮出しの際にも囃されることが多い。屋台の次に継承されていることが多く、緩調な曲で地区毎のリズムに共通点が多い。東京にはこの他に「聖殿」の変化曲である「替違かわちげ」・「大間聖殿おおましょうでん」がある。 「仕丁目」・「仕丁面」・「師調目」とも書き、神霊を宿した神輿の担ぎ手である仕丁達の舞曲で、無事神霊を宮居に奉祀した後の喜びや解放感にあふれる曲と言われる。任場の「喋喋・蜻蛉」と同様に曲の途中で「たま(玉)」と呼ばれる展開部があるのが特徴である。
3.昇殿しょうでん (聖殿) 9.印場にんば(人馬)
「正伝(天)」・「自昇(聖)殿」・「治昇(聖)殿」とも書く。神輿の宮入を告げる曲で無事宮入が出来ることを促す曲と言われる。屋台、宮昇殿の次に伝承されている曲でもあるが、宮昇殿と違って曲調に地域差が大きい。リズムは三拍子と四拍子で囃される二通りがあり地区により異なるが、どちらが元になったか不明である。曲の途中で三拍子と四拍子が切り替わる地区もある。 岡崎おかざき」とも書き「インバ」・「エンバ」とも言う。祭の一切が終わる屋台の帰路に叩かれ、氏子の疲れを鼓舞するために奏される曲と言われる。「オカメ」・「ヒョットコ」の面を付けた「ばか踊り」が演じられ、曲の途中で「喋喋ちょうちょう蜻蛉とんぼ」の展開部があるのが特徴である。「地」の部分は単純なリズムの繰り返しのため、「笛」や「踊り」がなくなっても「太鼓」だけは多くの地区で残っている。子供の練習曲として叩かれる例もある。
4.神田丸かんだまる 10.きざみ
「カンダマロ」と呼ぶ地区がある。神霊が宮入する時、留守居の客人神または土地神が迎える曲と言われている。神田丸だけが唯一繰り返しの部分が無い曲であり、覚える事が難しい曲である。 宮昇殿と屋台または印場と屋台を繋げる為の曲で、乱拍子を経て屋台に移る。屋台の途中できざみに入り再び屋台に戻る際にも奏され、曲の流れを変える役割も果たす。
5.唐楽とうがく 11.乱拍子らんびょうし
献饌の曲で神霊の鎮魂曲と言われている。曲は短いが笛と太鼓の掛け合いが難しい曲である。雅楽の「唐楽」から来たという説もある。 きざみから屋台に移る時に叩かれる曲。きざみの一部でもある。
6.鎌倉かまくら(神枕) 12.屋台やたい(上がり)
神奈川県のに発するという口承もあるが立証はし難い。関東一円の里神楽で囃され神官が舞を奉納する時の曲と言われている。また、神輿の渡御の曲との説もあり里神楽の男神の出に用いられる場合もある。この他にも、別の地域では「宮鎌倉みやかまくら」と呼ばれる秘曲の一種とされる曲もある。ここでは子守唄のリズムで笛が奏される。 上がりは基本の屋台に小撥こばちを加えたりテンポを変えるなど、囃子を締め括る際に叩く屋台を総称して呼んでいる。