山北道祖神祭やまきたどうそじんさい
(杉ノ木庭編)

杉ノ木庭について

  杉ノ木の道祖神「サイノカミ」と呼ばれ、城山の一部、田屋敷の一部、万随の一部の家々が祀っている。位置は昔と変わらず、旧道沿いにある。石像には男女が刻まれているが、男の神とか女の神とは意識しておらず、子供の神であり、子供が生まれると直ぐに供え物をする。病気の時に祈願をしたり、石像を叩いたりはしない。なお、道祖神のところには現在、石臼と五輪塔の一部が置かれている。
  現在、役員は次のように選ばれている。城山一組の場合は子供のいる家が順に、田屋敷一・二、三組の一部、七組の場合は小学校に通う男子のいる家が順に、万随六組の一部、七組の場合は全ての家が順にあたる。
  正月にはサイノカミへ木の枝に団子を挿して供えるが、既に供えられていたものと交換することはない。また、四日ビマチ(日待ち)と称して、毎月4日の夜に組内だけで日待ちをしている。その際にもサイノカミに供え物をする。ちなみに、四日ビマチは組内で順にヤド(宿)になり、その家で酒宴を開く組の行事である。宿の床には御嶽神社と成田山の掛け軸をかける。忌みがかかった、ひのかかりの人はこれに参加できない。現在では女衆が出席する寄合いのようになっている。ソバやうどんが出される。お金を積み立てていて、そのお金で親睦のための旅行を行っている。
  山北では道祖神を祀る家々の範囲をニワ(庭)と呼び、室生神社の祭りにもこの庭単位で参加する。ただし、祭りのときには幟を国道246号沿いにある幟立てに立てるが、現在、城山一組として立てている。幟立てには「大正十五年十月杉木・梶山氏子中」とある。
  サイノカミの祭りには小学校1年生から高等科2年生までの男子が参加する。最上級生が大将になり、その家がヤド(宿)になる。現在では女の子も参加している。杉ノ木では子供が生まれると「奉納道祖神」と墨書きした赤い旗を、道祖神に奉納する道祖神祭りの仲間入りをする風習があり、神輿の巡行ではこれを棒持ちして歩く。また、宿は今では話し合いにより、三地区が一緒になってまわり番で宿を務める。



準備

  祭りの準備は正月4日から始め、家々では正月の飾りを4日外すので、子供たちはそれを集めて廻る。その際、お供えを乗せるために使った半紙も貰って歩く。また、モシキ(燃し木)取りをする。大将が親方となって指示を出す。次いで小屋作りに取り掛かる。
  小屋は道祖神のことろに樫や杉の丸太と、炭俵の縄や筵を材料にして作る。道祖神の背後は石垣になっていて、子供の背丈ほどの高さの柱を立てて、それに片屋根をつける。屋根は正月の飾りを材料にする。小屋に向かって右横には入り口を設け、そこには上から筵を垂らす。この小屋には特別の名称はない。この日から毎晩太鼓を叩く。小屋の中では火は焚かない。札配りはしない。小屋ができると直ぐに隣の梶山地区に行き、梶山の子供たちが作った小屋を壊しに行く。逆にせっかく作った小屋を壊されたりすることもある。
  7日か8日頃にオンベを立てる。男竹を1本取ってきて、それに竹を十字になるように付ける。十字に渡した竹の両端にそれぞれ縄を付けて男竹の上部から吊るして弓を張った形にする。竹を交差させたところにはダルマを付ける。また、倒れないように竹の上部から縄を数本張る。この藁縄には貰ってきた半紙を等間隔につけて飾りとする。
  適当な時期に大人が手伝って、道祖神の右脇にある幟立てに幟を立てるが、現在は立てていない。また、子供が生まれた時に奉納された赤い旗を道祖神のところに立てる。これは10年ほど中断していたが、平成12年(2000年)より続けられている。アクマッパライはない。

神輿

  杉ノ木庭と梶山庭は浅間山の山裾に位置するために坂道が多く、屋台を曳くのが難しことから、屋台の代わりに神輿を購入して担ぐようになったという。杉ノ木では古くは樽神輿であったが、大正11年(1922年)に現在の神輿を新調した。神輿を購入した際に作成した『大正十一年 道祖神基本台帳』がある。



  14日の午後には道祖神から少し離れた広場でセエトバライを行い、現在ではドンドン焼きと呼んでいる。国道246号ができてからはそこではできなくなり、一時は沢のところで行ったが、平成12年(2000年)からは盛扇寺の境内の片隅で行うようになった。燃やし木のほか、オンベを倒してそこに持って行って積み上げる。また、小屋も壊して持っていく。
  点火して団子を焼き、焼いた団子は風邪を引かないといって食べる。他の人とは団子を交換しない。書初めを火の中に入れ、火にあおられて高く上がると字が上手くなるという。道祖神は火の中には入れない。この祭りのときに新婚の人のお祝いはない。オキを持ち帰り、これを囲炉裏に入れ、これにあたると風邪を引かないという。魔除けには用いない。
  セエトバライが終わるとザンバライを行い、子供たち宿の家に集まり、会食をする。今ではカレーなどである。このときに菓子やお金を分配する。現在では図書券を配っている。
  14日の晩には庭回りをし、子供たちは神輿を担いだり、赤い旗や槍を棒持ちしたりして進む。獅子頭や天狗の面も加わる。また、行列には賽銭箱を持つ者も加わり、人々から賽銭を集める。



  15日の屋台の合同渡御には神輿を出し、子供たちは赤い旗を持って行列に加わるが、獅子頭は加わらない。祭典費用はこの時に集めた賽銭や寄付で賄う。現在では家ごとに徴収している。



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