宝町たからちょう



神社の紹介

  「山神社」は祭神として「大山祇命」を祀り、かつて中原御林のうち平塚新宿東町に鎮座していた。当社は晴雲寺開山の勧請と伝えられ、天保12年(1841年)完成の『新編相模国風土記稿』には「晴雲寺」持ちであることが記されている。昭和20年(1945年)の戦火で社殿を焼失し、戦後の昭和37年(1962年)に現在地である「宝町」へ移した。
  八幡様に子供のお参りに行くと山の神さんにも寄るもので、須賀の人も来るなど平塚中から集まっていた。

山神社鳥居
拝殿幣殿・本殿
手水舎
境内


太鼓

  昔は1月17日に祭礼を催し(戦前はお花講と呼ばれていた)、大々的に神楽や芝居をして年始なので親戚が寄ったという。この神社を信仰する主として大工・木挽き・材木屋などの職人集団や、水商売の人達が東京・横浜からやってきていた。そのため山の神社の祭礼は華やかで、露天商なども多く出ていた。戦争中は祭りをしなかったといわれる。

太鼓

  戦前には山車や神輿はなかった。



神輿

  子供の神輿があって、回ってくるとお菓子などを出した。子供神輿は宮の前まで来るのでお賽銭をあげ、担いで来た者には不動会が接待している。子供神輿は宮松町には行かない。


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