今泉
今泉神社
「今泉神社」の創建年代は不明だが、古老の言い伝えによれば、長禄年間(1457〜61年)に長野の諏訪大社より移し奉り「諏訪社」と称し、今泉村の鎮守とした。天正19年(1591年)11月には社領6石の御朱印と、慶安4年(1651年)11月19日に鵜殿藤助中畑一反二畝二七歩を寄進した書状が残っており、例祭日は4月15日であった。元禄年度(1688年)には社殿を再建し、例祭日は7月27日であった。明治6年(1873年)7月30日に今泉峯(現在の上町)に鎮座していた八幡宮と諏訪社を合併し、「今泉神社」と改称して村社に列せられた。明治38年(1905年)4月9日に火災により全焼したが、氏子286戸の寄進により明治40年(1907年)4月に社殿が再建され、昭和38年(1963年)には神社を整備改修して向拝を増築した。また、合祀100年を記念して社殿屋根銅板葺き替えや玉垣造営など数々の工事を行った。
今泉神社の祭神は「建御名方之命(たけみなかたのみこと)(諏訪之大神)」と「品陀和気之命(ほんだわけのみこと(八幡之大神)」で、例祭日は4月16日であったが、現在は前後の日曜日に行っている。境内社は「八坂神社」と「浅間神社」を祀っている。現在なお「お諏訪さま」と氏子に親しまれているのはこの地に諏訪社が祀られていたからである。
石碑 | |
鳥居 | 手水舎 |
神社由緒 | 鳥居 |
拝殿 | 本殿 |
神楽殿 | 神輿殿 |
境内 |
囃子
今泉の祭ばやしは「諏訪町太鼓連」によって伝承され、明治後期に秦野市落合より伝わったという。
囃子は「大太鼓1」・「締太鼓2」で構成され、曲目は「ミヤショウデン」・「まつりばやし」・「ジショウデン」がある。今泉神社祭礼や八坂神社祭礼などで演奏され、今泉神社祭礼では太鼓を台車にのせて地元を中心に3周巡行する。
神輿
今泉の歴史
『風土記稿』にある小名は「原淵」・「細田」・「竹ノ内」・「味噌?田」・「左り街道」・「中里」・「中丸」・「中尾」・「畑中」・「堀ノ内」・「峯」・「芹沢」であり、天保5年(1834年)の戸数は137であった。
●今泉台
平成17年(2005年)に今泉台特定土地区画整理事業が今泉台として完成し、新たな街並みが整った。
戻る(秦野市の祭礼)