相模(神奈川県)の祭礼
神奈川県
県名である神奈川の名は「上無川(カナガワ)の意で、現在の横浜市神奈川町と字新町との境に国道を横切った僅かな小溝があったが、この小川の名から出たと言われている。この川は昭和4年(1929年)頃に埋め立てられ、現在は跡形もなく県名を偲ぶよすがはない。カナガワは神奈河・狩野川・金川とも書かれ、金川は上流から酸化鉄による赤さびが流れ出たことに基づくという。
石野瑛著の『神奈川県史概観』によれば、神奈川の地名の所見は鶴岡八幡宮領の文永三年(1266年)5月2日の北条時宗の下知状にある「神奈河」で、鎌倉室町江戸の各時代を通じて用いれれているのはこの神奈川(河)であるという。ちなみに、岡山県御津郡御津町に金川ということろがあり、ここにはもともと柳原村といったが、南北朝の頃に相模国から松田盛朝という者が備前国の守護職となってこの地に赴任し、生まれ故郷の神奈川を偲んで金川村に改めたという。
「取材年」に記載がある地区に関しては写真等で祭礼の様子を紹介してありますので、地区名をクリックしてください。取材範囲は管理人の活動拠点の関係で、主に国府祭に関係する神社がある地域と、その近隣の地域を対象としています。