七沢ななさわ

神社の紹介

  祭神は「コノハナサクヤヒメノミコト」・「オオヤマズミノミコト」・「スサノオノミコト」で、家内安全、五穀豊穣を願う。昔は養蚕豊作も願った。
  天保12年(1841年)完成の『新編相模国風土記稿』には近世末期の境内地の図が詳記されており、次の記述がなされている。「浅間社 鐘ケ嶽にあり神体華鬘三筒を置、元禄二年(1689年)僧宥映の記せし縁起に拠に孝元帝の御宇初て此地に垂跡あり、遙の後、扇ケ谷上杉修理大夫定社頭以下造営あり、延宝八年(1680年)村民等修理を加ふ此時土中よりケマンを得、又社傍より勢至の木像を得たり其頃木食空誉弾阿、此辺山中に在て専ら浄業を修し、高徳の聞えあり、貞享4年(1687年)当社の霊夢を蒙て当山に移り、禅法に住し、且神託に依て山を大応嶽と名づけ、自ら勢至の像を彫刻して本地物となす、元禄元年(1688年)尾張中納言綱誠卿?簾?中信仰に依て本社以下別当寺に至るまで新造を企られ、三年玉木局をして願書を呈せしむ四年に至て落成す、今用る所の祭器仏具等多く此時寄納せられしと云」

2008.6.292008.6.29


例大祭

  七沢浅間神社遥拝所で、春祭りとして4月第3日曜日に行う。昔は秋祭りとして9月26日に行われた。
  前日に宮世話人・氏子総代により清掃・舞台作りが行われ、幟竿を立てる。当日は幟を立て、お神楽や地元の人の舞踊が披露される。昔は宵宮に一晩中義太夫を語り、当日は地芝居や厚木・平塚の役者(シバヤシ)による歌舞伎が演じられ、見物客も多かった。
  現在は15軒程の露天が出るが、昔は40軒程出た。

太鼓

  浅間太鼓連が出る。

神輿

  大人と子供神輿がそれぞれ1基出る。


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